スノードロップとアンジェリーナ

2013年2月15日

 

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 スノードロップが咲いた。まだ最低気温が氷点下となる2月の厳しい寒さのなか、スノードロップは毎年、この時期になると決まって姿をあらわす。凍った土から葉と茎を伸ばし、うつむいた姿勢で透き通るような純白の花びらをひらくのである。開花後、何度となく積雪に見舞われても、背丈10センチほどの細いからだは決して倒れることはない。まるで何かの使命を果たすかのように、雪を払いのけ、凛と花を保ち続ける。

 自分には大切なメッセージを伝える役割がある、とスノードロップはからだを張って言っている。それは、暗く長い冬はそろそろ終わりに近づいている、もう少し辛抱すれば厳しい寒さも緩み、明るい春の陽射しを見ることができるでしょう、とのメッセージである。北国に暮らす人々が待ち望んでいた、心躍る知らせなのだ。

 スノードロップの花言葉は、「希望」と「慰め」である。まさに、冬のあいだに寒さでこわばった人の心とからだをやわらげ、希望を運ぶ花だといえる。

 イギリスの詩人たちは、古くからこの花を見て、春に想いを寄せるうたを詠んだ。19世紀のイギリスの詩人、テニスンは、スノードロップを「麗しい2月の乙女」と表現した。


   真心をこめて、“ようこそ”と言おう
   麗しい2月の乙女よ
   毎年おなじ時期に、この厳冬のときに
   誰よりも先に咲く、孤独な花よ

   おまえは、光あふれる季節の預言者であり、
   (人々の陽気な声が響く)5月の預言者、
   そして、バラの花咲くころの預言者だ

   心の底から、“ようこそ”と言おう
   麗しい2月の乙女よ!

                    (アルフレッド・テニスン、 “スノードロップ” )


 つらい冬に耐える人たちに春の望みを届けるため、凍てつく寒気に立ち向かうようにして、可憐な花びらを開くスノードロップ。か弱そうなのに、じつは芯が強い。私はその姿を見ると、不幸のどん底につき落とされながら静かに自分の力で立ちあがり、再び生きる喜びをつかんだアンジェリーナを想うのである。

 

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×××


 イギリス人女性のアンジェリーナとは、ほぼ10年前に知り合った。彼女には3人の子どもがいて、当時、末息子のニコラスが、ウィンブルドンの小学校で私の息子の翔音(しょうおん)と同級生だったことから、私も彼女と親しくなった。背格好は日本人の私と同じぐらい、イギリス人としては華奢(きゃしゃ)なほうである。アンジェリーナは人柄が優しく温厚で、まだイギリスに住みはじめたばかりで緊張していた私にとても親切にしてくれた。私は生活全般について、わからないことは何でもアンジェリーナに聞いた。仕事の面でも、フランス語教師をしている彼女は、フリーのジャーナリストとしてイギリスの教育問題を追いかけはじめた私に、学校現場で起きている興味深い出来事をいろいろ教えてくれた。

 お互い、家庭と仕事を両立させるために忙しい日々を送っていたので、そのうちに、息子たちの学校への送り迎えを交替で行ったり、授業が終わったあとに子どもを預かったりして、助け合うようになった。

 アンジェリーナは、3人の子どもを育てながらキャリアを続ける意思の強さをもっていたが、性格は控えめで料理もうまく、とても家庭的な面をもちあわせていた。コンピューター会社の販売責任者だった夫のブライアンは、海外市場開拓のために世界中を飛び回っており、1年の3分の1以上は家を空けていた。アンジェリーナは夫が留守のあいだ、子どもたちの支柱となってしっかりと家庭を守っていた。

 ブライアンは、忙しいスケジュールをぬって子育てにもよくかかわっていた。海外出張から早朝に戻ったばかりなのに、その日の夕方には車で学校にニコラスを迎えに行く、といった早業をやってのけ、出張と重ならない週末は、公園で息子たちとサッカーを楽しんだ。アンジェリーナは教師の仕事に励む一方、精力的で優しい夫と健康な3人の子どもに恵まれ、幸せな暮らしを営んでいた。

 そんな彼女を突然、不幸が襲った。ブライアンがある日、病に倒れたのである。2004年1月末、ヘルニアの手術を受けた予後が悪く、再入院したところ、手術の傷跡にがんが見つかった。専門医もなかなか診断できないほどの珍しい組織のがんで、まもなく手がつけられなくなり、化学療法や放射線治療も効かなくなって、わずか3か月余の闘病の末、この世を去ってしまったのである。享年、48歳だった。

 

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 何の心の準備もないまま未亡人となったアンジェリーナは、しばらくは夫を失った現実を直視することができなかった。大学受験を控えた18歳の長女と、多感で難しい年ごろの15歳の長男、そしてまだ9歳のニコラスが、目前にいた。「これからどうやってこの子たちを育てていったらいいのか、、、」。夜中に目覚めて不安と恐怖に襲われる毎日が続き、睡眠薬を手離せなくなった。

 仲のいい家族だったのである。ブライアンが亡くなる前年の夏、一家は長年の夢だった2週間のハワイ旅行を実現した。旅から帰ってわが家に遊びにきたニコラスは、ハワイの海でたくさんの熱帯魚を見たこと、家族でレストランに行き、群青の海を眺めながらおいしい海鮮料理をたらふく食べたことなどを、目を輝かせて話してくれた。「ぼくのこれまでの人生で、最高の旅行だったよ。また行きたいなあ!」と、いかにも嬉しそうだった。

 その秋、アンジェリーナとブライアン夫妻は結婚25周年を迎えた記念に、子どもたちをアンジェリーナの両親に預け、夫婦だけでニューヨーク旅行に出かけた。2人は学生時代に知り合って、アンジェリーナはブライアンより1歳年下、どちらも20代のときに結婚していた。燃え尽きる、ということがあるのだろうか。米国への旅から戻ってしばらくして、ブライアンは体の不調を訴えたのだった。

 最愛の夫を失った心労から、アンジェリーナは今にも倒れてしまうのではないかと思うほど、やせてしまった。私にはニコラスを時々預かってあげることぐらいしか援助できなかったが、父親似で外交的な性格のニコラスも、あのころは口数が少なくなり、暗い表情を見せることが多かった。

 亡くなったブライアンはたくましい体つきだったが、花を愛し、ガーデニングの腕前は相当なものだった。彼は暇を見つけては庭の草木を丹念に手入れし、パンジーやゼラニウム、ロベリアなど色とりどりの花を組み合わせて、ハンギング・バスケットをつくることも上手だった。私がニコラスを学校から家まで送っていくと、玄関先に吊るされたハンギング・バスケットのなかは、定期的に新しい花に変わっている。そんなとき、アンジェリーナは微笑みながら「今朝、ブライアンが出張から帰ってきて、アレンジしてくれたのよ」と言っていた。

 

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            (スノードロップの親戚のスノーフレーク)     

 
 彼らの家の庭には、スノードロップも植えられていた。思えばブライアンは、ちょうどスノードロップの咲く時期に病と闘っていた。ブライアンがいなくなったあとも、スノードロップは毎年変わらず、他の花に先駆けて、冬のさなかに花をつけた。いまはもういない、主人をなつかしむかのように、、。

 スノードロップには、こんな伝説がある。アダムとイブが禁断の実を食べてエデンの園を追放されたとき、雪が降っていた。泣きじゃくるイブの元に天使が現れ、降りしきる雪に手を触れたところ、雪はスノードロップに変わった。それを見てイブは、つらい冬はいずれ去り、希望に満ちた春がやってくることを知ったという。あのころのアンジェリーナには、とても花を観賞するゆとりなどなかったであろうが、庭のスノードロップは、いつか必ず悲しみを乗り越える日がくると、アンジェリーナと子どもたちに支援のメッセージを送り続けていたのではないだろうか、

 事実、アンジェリーナは悲嘆にくれながらも、まるでスノードロップが凍えた土から頭をもたげるように、懸命に自分の足で立ちあがろうとしていた。

 スノードロップは、一見はかなげに見えるがそのじつ、なかなか頑固である。土壌に対する好き嫌いがはげしく、肌に合わない土地で育てようとしたり、季節はずれの時期に花を咲かせようとすると、強情に拒否するのだ。アンジェリーナにも、自分の意に反したことに対しては譲らないところがあった。娘の苦しみを見るに見かねたアンジェリーナの両親が、地方から出てきて同居することを提案したが、彼女はその申し出を断ったのである。「夫を亡くした悲しみを、両親に代わってもらうことはできない。私はひとりでこの試練に耐えて、子どもたちと新しい家族の関係を作っていかなければならないのよ」。あのとき、アンジェリーナは毅然として、私にこう言った。

 アンジェリーナは自分にむちを打って、ひとりで困難に挑むことを選んだ。幸い、夫が子どもたちの教育費を残していってくれ、3人は亡き父の意思を受けてひたむきに勉学に励んだ。ひとり親として子どもたちへの責任感に押しつぶされそうになっていたアンジェリーナは、逆に彼らから勇気を与えられるようにして仕事に戻り、少しずつ日常を取り戻していった。スノードロップの「希望」の灯はアンジェリーナ一家にともり、時間の経過とともに、確かなものになっていった。

 

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×××


 ブライアンが亡くなってから4年が経ち、アンジェリーナの表情にもようやく笑顔が見えるようになったころ、彼女から「犬を飼うことにしたの」と知らされた。近く、犬の専門店で誕生まもない子犬を購入する手はずになっているという。

 まもなく、生後7週間のコッカー・スパニエルがやって来た。子犬は愛らしい姿で泣き、家のなかを這いまわって、家族に笑いをふりまいた。「なんだか赤ん坊がきたみたい。夜中に何度も泣いて、私を起こすのよ」。アンジェリーナは世話が大変だと言っていたが、楽しそうだった。私は、彼女は自分の気持ちにひと区切りをつけたのだ、と思った。新しい生命(いのち)を家に迎え、育むことによって、アンジェリーナは、思いもよらぬ方向に進んでしまった家族の歴史に新たな1ページを加えようとしているかに見えた。一家の長い冬にも、ようやく春の光が見えはじめていた。


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 犬の「ジェス」が家族の一員になってから、およそ5年。長女のアンナは25歳になり、高校の教師として活躍。今夏、結婚することになった。長男のアレックスは、弁護士の道を歩む。そして、ニコラスは昨秋、イギリス中部のノッティンガム大学に進学した。イギリスでは、大学生になると子どもは親の世話にならず、学生ローンを組んで授業料等を支払い、自立するのが普通だ。ニコラスもついに、母親の懐から飛び立ったのである。末息子を無事に大学の寮に送り届けると、アンジェリーナは「これで私の役目は、ほぼ終わり」と言って大きく息をついた。

 ブライアンが逝ってから9回目を迎えた今冬も、庭のスノードロップは花をつけた。今年はとくに寒さが厳しかったが、アンジェリーナの足元は、今までになくしっかりしている。体重はすっかり元に戻り、顔つきもふっくらとして穏やかだ。最近では、好きな音楽会に通ったり、演劇を見る余裕もできて、人生を楽しんでいる。スノードロップは元気を取り戻したアンジェリーナを見て、喜んでいるだろう。スノードロップは春が来れば、花を閉じる。ニコラスを大学へやって親の役目を果たしたアンジェリーナのように、彼女を見守り続けたスノードロップも「そろそろ私の役割も、終わり」と言っているようだ。

 アンジェリーナの姿に、私は人間の精神の蘇(よみがえ)りを見る。彼女は夫を亡くして絶望し、苦しんだが、苦しみのなかでも彼女のいのちの泉は枯れることなく、湧き続けた。泉はやがて勢いを増し、アンジェリーナは立ち直った。冬には終わりが訪れ、春は必ずやってくる。これこそが、スノードロップのメッセージであろう。

 

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    雪に囲まれた孤独な花よ、お前は雪のように白い
   しかし、雪よりもはるかに強い
   お前は今年もまた、ひたいを下げてうつむいている
   人をきずつけるのを恐れるかのように
   まるで招かれざる客のように


   (中略)


   穢(けが)れなきスノードロップよ
   勇気ある春の先駆者よ
   そして、もの静かに、過ぎ去っていく年月を観察する者よ!

                   (ウィリアム・ワーズワース、 “スノードロップに”)


 アンジェリーナには生来、落ち着いた包容力があるので、人が彼女の元に集まってくる。家のとびらは外に開かれ、アンジェリーナはいつも親類や友人など、だれかを家に迎え入れている。しかし、何と言っても彼女が一番輝くのは、家族がそろったときである。子どもたちが将来、それぞれ家庭を持った後もいつでも立ち寄れるようにと、彼女はいま、大勢が集うことのできるスペースをつくるべく、家の改築作業を進めている。

 アンジェリーナの家の玄関には、みごとなモクレンの木が立っている。9年前の春、亡くなる直前のブライアンは、最後の力を振り絞って入院先の病院から自宅に戻り、4月末の週末を家族とともに過ごした。その時にモクレンは、大輪のピンクの花を咲かせてブライアンを迎えた。あのころはまだ若木だったが、いまは大木に成長した。

 生きる喜びを取り戻したアンジェリーナには、もはやスノードロップよりも、力強いモクレンの花のほうが似合うのかもしれない。

 

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(“レディ・ベアトリックス・スタンレイ” と呼ばれるスノードロップ)

 

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(クロッカスが咲くとスノードロップは終わりである)


※本文中のテニスンとワーズワースの詩は、原文から著者、あべ菜穂子が翻訳しました。