クリスマスローズのある家


2012年12月3日

 

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 12月。クリスマスローズの咲く季節になった。

 クリスマスローズは、一年のいちばん終わりの、厳冬のときに花開く。ほかの花々が眠っているときにひとり咲く、不思議な花である。
 
 クリスマスのころに花をつけ、バラの花に似ていることからこの名がついたが、クリスマスローズは背丈が低く、花はうつむき加減なので、豪華なバラとはちがい、ひかえめでひそやかな印象である。

 白い清楚な花は、神聖な雰囲気さえ、漂わせる。伝説では、ベツレヘムの厩(うまや)でキリストが誕生したとき、羊飼いと一緒に訪れた田舎の女の子が、捧げる贈り物がなにひとつなくて泣いていた。女の子の涙が雪の上にポタポタと落ちると、天使が空から舞い降りてきて、少女の涙がクリスマスローズに変わったことを知らせる。女の子は喜び、花を摘んでキリストに捧げた、、、。

 雪に覆われた白銀の景色と天使、そして心やさしい女の子。そこに透き通るようなクリスマスローズが咲いたという逸話は、伝説とはいえ、絵になるような清らかな物語である。

 この伝説を私に教えてくれたのは、いまは亡き、義母だった。かつて、義父母が住んでいた家の庭にも、クリスマスローズが咲いていた。「この花には、不思議な力があるのよ」と、義母は生前、言っていた。義母はほぼ7年前、突然の交通事故で亡くなった。義母がいなくなってから、家族の身のまわりで起きた、いくつかの説明のつかない出来事を思うとき、私は、「不思議な力」をもつクリスマスローズが、義母の想いを伝達して家族を導き、守ってくれているような気がするのだ。

 

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                                         (雪のウィンブルドン)
                              


 2006年2月28日は、私たち家族にとって、忘れることのできない哀しい日になった。その夜、ロンドンの自宅に警察から、義母が交通事故にあった、という知らせがきたのである。義母が運ばれた病院に電話を入れると、頭部に強い衝撃を受けており、助かる見込みはない、義父がひとりで病院にいるので即刻、駆けつけるように、とのことだった。
 
 まもなく仕事から帰った夫が再度病院に電話を入れると、義母はちょうど、息を引き取ったところだった。あまりのことに夫はしばらく呆然とし、そして堰を切ったように号泣した。
 
 義父母はイギリス北部・マンチェスター郊外にあるリムという街で暮らしていた。仲のいい夫婦でいつも行動はいっしょだったが、その日に限って別行動だったようだ。義母はひとりで田舎道を徒歩、自宅に向かっていたところを、背後から来た乗用車にはねられたのだ。

 享年、82歳。4月3日の誕生日に、わずかに届かなかった。高齢とはいえ、健康そのもの、生のエネルギーにあふれた人だった。私は事故の直前に、仕事で1週間、日本に帰国していたが、その間、義父と2人でロンドンに来て、孫たちの面倒を見てくれていた。悲劇は私がイギリスの自宅に戻った翌日に、リムで起きた。

 義母は、脳卒中を患った親友を見舞うため、街のはずれにある病院を訪ねていたという。帰り道、狭い農道を歩いていて、事故にあった。乗用車を運転していたのは21歳の青年だった。

 ロンドンから実家のあるリムまでは、車で4時間の道のりである。夫はその夜、すぐに義父のそばに行かねばならなかった。衝撃の波がひと落ち着きすると、夫は自分で車を運転してリムに向かった。11歳と5歳の息子たちは、大好きな「グランマ(おばあちゃん)」にもう会えないと知って泣きじゃくっていたが、夫は「グランマはお花のたくさん咲いているきれいなところに行ったんだよ」と言って慰め、家を出た。

 

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                                                       (ピンクのクリスマスローズ)

 

 夫が出かけてから、思い出が次々と押し寄せてきた。義母は長身で細身、常に背筋をピンと伸ばし、80歳を超えているとは思えない軽やかさで、家事など身の回りのことをこなしていた。笑みを絶やさず、小さな幸せをこの上なく大切にしていた。今朝も健康に目覚めたこと、小鳥のさえずりが庭から聞こえたこと、義父とともにいつもと変わらない朝食を取れたこと、、、。そんなあたり前の人生の営みを慈しみ、感謝の気持ちを持っていた。彼女が声を荒げたのを、聞いたことはない。しなやかで凛として、そこにいるだけで周囲をなごやかにする雰囲気をもっていた。義母は、一輪の花のような女性(ひと)であった。

 警察による事故の検証に時間がかかり、葬儀は3月半ばまで待たなければならなかった。私は3月に入って、葬儀参列のために子どもたちを連れてリムに行った。その冬はとくに寒さが厳しく、リムの空気は冷え込んでいた。春にはチューリップやラッパズイセンなどが咲き乱れる実家の庭は、まだ霜に覆われている。しかし、裏庭のクリスマスローズだけは、土から頭をもたげて、咲いていたのである。

 すでに、花の色は白からグリーンに変わりつつある。クリスマスローズは、花が咲き終わってグリーンに変わると、そのままの姿で何か月も、ときには翌年のクリスマスにまた花をつけるまで、変わらずにいることがある、と義母はかつて言っていた。義母のクリスマスローズは、家の異変を感じて色を変えはじめたのだろうか、青ざめて言葉を失い、黙って追悼の祈りを捧げているかのように、見えた。

 「クリスマスローズには驚くほど生命力があって、イギリスでは昔から、悪霊を追い払うと信じられているの。だから家の玄関のそばや、裏庭のドアの入り口付近に植える人が多いのよ、、、」。義母の声が、私の脳裏によみがえった。

 その後私は、クリスマスローズには数千年の歴史があって、古代ギリシャやローマで、精神の病を治す薬として重宝されていたことを知った。そして、イギリスにわたって中世には、魔女や悪霊を遠ざける花として敬われ、また、家畜が病気になったときには耳に穴をあけ、この花をさして治す習慣があったこと、などを知った。じつはクリスマスローズの根には強い毒性もあって恐れられていたが、薬草としての効果があまりにも高いので、ギリシャでは、剣で根の周りに円を描き、神々を拝みながら、採集したそうだ。

 毒性と薬効の双方を発揮して、悪霊を追い払い、住人を護(まも)る花、、、。庭のクリスマスローズに庇護されたかのように、3月14日にリムの教会で執り行われた義母の葬儀には、100人以上の人が参列し、席に座れず後方で立つ人も大勢出るほどだった。義母の好きだった讃美歌が何曲もうたわれ、教会には天使が舞い降り、人々の頬を伝う涙を白いクリスマスローズに変えるかと思われるような、澄んだ時間が流れた。

 

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 妻を失ってひとりになった83歳の義父は、住みなれた自宅で暮らしたいとの強い希望を持ち、とりあえずは、遠縁にあたるマリアンヌという60代後半の未亡人の女性が、オーストラリアから来て住み込み、世話をしてくれることになった。しかし、マリアンヌの滞在は8か月後の11月末まで、という期限つきだった。その後はひとり暮らしをする、と言い張る義父の処遇をどうするか、家族は大いに悩んだ。

 夫は義父には内緒で、実家の近くにある高齢者用共同住宅を訪ね、支配人に会って話を聞いた。そこでは、入居者には個室が与えられ、プライバシーが尊重される一方で、3度の食事は提供され、常駐するスタッフが必要なときにはいつでも助けてくれる体制が整っていたので、義父には格好の場所だった。しかし、人気が高くいつも満員で、義父の名前は、入居希望者の長いリストの一番下に加えられた。空き部屋ができたらすぐに連絡をもらう手はずになったとはいえ、マリアンヌが帰国する11月末までに入居できる見込みはほとんどなかった。

 支配人から連絡がないまま、ついに11月がきた。義父母の60回目の結婚記念日となるはずだった11月9日、義父はいつもよりも沈みこみ、思い悩むようすだった。そして、帰国を目前にしたマリアンヌに、頑なな心をはじめて開き、「ひとりでは生きていけない。もう少し、ここにいてもらえないだろうか」と懇願したという。すると、不思議なことが起きた。同じ日に、ロンドンの夫のもとに、リムの高齢者用住宅の支配人から「空き部屋ができたので、お父さんは入居できます」との知らせが届いたのである。支配人の話では、その数日前に入居者のひとりが亡くなり、部屋が空いた。義父より先に入居の希望を伝えていた人は大勢いたが、義父が妻を失った事情や、まもなくひとりになる状況などが考慮されて、部屋は優先的に義父に与えられることになったという。義父は即刻、入居できることになった。

 それから1か月後のクリスマスに、義父の「新居」を家族で訪ねた。大きな屋敷風の建物に入ると、カラフルな豆電球が点滅する大きなクリスマスツリーとともに、スタッフ数人が笑顔で明るく出迎えてくれた。「ジョー(義父の名前)は、レディーたちの間でなかなかの人気者ですよ!」と、支配人の女性が、張りのある声で言った。義父は自分の部屋に愛用の背もたれ椅子とランプを持ち込み、いたるところに義母や家族の写真を飾って、小さいけれども落ち着いた生活空間を楽しんでいるようすだった。「さびしくなったら、ラウンジに行けばいつも話し相手がいる。気に入っているよ」と、言っていた。そこには確かに、いたわりと温かい愛情があるように見えた。

 

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 住宅の玄関先に、クリスマスローズが咲いていた。クリスマスローズは「悪霊を追い払う」と同時に、「追憶」と「慰め」を花言葉としている。ここで暮らす人々は、パートナーを失った人、あるいはひとり暮らしを続けてきたけれども目や耳が悪くなり、援助が必要になった人、とさまざまで、元主婦、学校長、サラリーマン、と人生模様も多様だ。長い人生で喜びとともに、たくさんの哀しみや苦しみを経験してきた高齢者たちに、よき思い出を大切にし、癒された日々をここで過ごしてほしい、との思いを込めて、植えられたのであろう。

 「クリスマスローズには、不思議な力があるのよ、、、」。 マリアンヌが帰国する直前の結婚記念日に、義父のために空き部屋ができた偶然を想うとき、私には、義父をこの家に導いたのは、義母の魂だったように思えた。まるで、義母の声を聞いたクリスマスローズに招かれるようにして、義父は住宅の敷居をまたいだのだった。それは、夫に穏やかな余生を送ってほしいと願う、義母からの清らかな贈り物だったのでないだろうか。

 

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 義父はこの住宅でしばらく暮らしてから、3年前に、少し離れた別のホームに移った。もの忘れが激しくなって自立が難しくなったうえ、歩行もできなくなり、より高いレベルの介護が必要になったからである。この間、何度か危機に見舞われた。60年近く人生をともにした妻を突然奪われた心の傷は深く、ボディブローのように老齢の義父を苦しめた。しかし、義父は危機を乗り超え、ついに心の平穏を得ることができた。そして、今年10月末、90歳の誕生日を迎えた。質の高い介護を受けながら、いまは安らかな日々を過ごしている。

 このホームの庭にも、クリスマスローズが植えられている。「イギリスでは、家の入口の近くにクリスマスローズを植えるならわしがある」と言っていた義母の話は、本当だった。とりわけ、人生の最晩年にある人々の暮らす家では、そんな「迷信」もすんなり受けとめられるのかもしれない。クリスマスローズの花に、義母のやさしい笑顔が重なる。言い難い苦しみを通り抜けて、穏やかな表情を取り戻した義父を見ると、いつか義母と再びいっしょになるまで、クリスマスローズが義父を護り続けてくれるような気がするのだ。

 

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    (ありし日の義母、オードリー・アディソン。左は義兄のブライアン、前は二男、賢司)
     

 

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(毎年、クリスマスにはリムの実家に家族が集った。中央が義父、ジョー・アディソン) 

                     

※一番上の画像と、下から2段目、右側の花の画像は、京都の関清子さんに提供して頂きました。