シャコバサボテンと魔法のつえ


2012年12月14日

 

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 わが家の表玄関のポーチで、シャコバサボテンが咲いた。

 絹のように薄く柔らかい花びらを、幾重にも大きく広げて、つややかな光沢を放っている。ひらひらと舞うように波打つ姿は、まるで、ツルが大空に向かって羽根を伸ばし、いままさに飛び立たんとするかのようだ。花をつける前のシャコバサボテンは、ふちにギザギザのある短い茎がいくつも節でつながっているだけで、いかにも殺風景、お世辞にもきれいとはいい難い。その先端に、ときが来るとこんなに繊細で美しく、しかも躍動感みなぎる花が現れるとは、だれが想像できようか。

 玄関先に張り出したガラス張りのポーチのなかで、シャコバサボテンの花がひとつ、ふたつと開いていくと、開花の勢いにのって、花はそのまま茎を離れて飛び立ち、ポーチのなかをくるくると舞いはじめるのではないか、という気がしてくる。灰色の雲に覆われた厳冬のロンドンの風景に、シャコバサボテンはさながら蛍のように、明るい光を添えている。

 このシャコバサボテンは、何年か前に、北部に住むイギリス人の友人からもらった。花好きの彼女は、いつも家のなかにたくさんのゼラニウムやサボテンの鉢をおいて、明るい雰囲気をつくっている。私が以前、「イギリスの冬は暗くて気分が滅入る」とこぼしていたことを気にかけてくれたのか、茎を何本か折り、封筒に入れて送ってくれたのである。「クリスマスのころにきれいな花をつけるから、植えてごらんなさい」との手紙といっしょに。

 さっそく茎を鉢に植えて窓辺に置くと、根がおりて成長し、その冬、みごとな花をつけた。最初は白い花、そして次に赤い花。友人は赤と白の二種類を届けてくれたのだった。終日陽の射さないうす暗がりの室内で、紅白のツルが、かわるがわるに羽を広げていく光景が繰り広げられ、私は歓喜の声を上げた。そして、冬でも柔らかな陽光に包まれる日本を離れて、イギリスの厳しい冬と格闘している私をさりげなく元気づけてくれた友人の心遣いが、嬉しかった。

 

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 その後、この花は毎冬、彼女の言ったとおり、クリスマスが来るころに咲いてくれる。今冬は、とくに花のつきがいいようだ。わが家の周辺では、今月に入ってから、近所の人たちが窓辺にクリスマス・ツリーを飾ったり、庭の木に点滅式のカラフルな豆電球をつけるなどして、クリスマス・ムードを盛り上げている。シャコバサボテンの花は、そんなクリスマスの雰囲気に誘われて、自宅のポーチから外に飛びだし、色とりどりの電球の光とともに、暗闇のなかを舞い踊るかもしれない。

 クリスマス――。12月は、イギリスの人たちが1年で最も、幸福感に満ちるときである。戸外は凍てつくように寒く、日を追って日照時間がどんどん短くなり、暗さを増すというのに、人々は月はじめから華やいだ気持ちでクリスマスの準備をし、25日を待ち望む。クリスマス休暇前の学校では、子どもたちがイエス・キリストの誕生にちなんだ劇や、クリスマス・キャロルの合唱を親に披露し、クリスマス・バザーもにぎやかに開催される。地域の集会所では、手づくりのクリスマス用のお菓子やモルトワイン(赤ワインにオレンジやブランデーをミックスした飲み物)が、住民にふるまわれる。そして、だれもが、クリスマスの日に集う家族のために、プレゼントを買いに出る、、、。すべてが喜びに満ちて、25日への期待感が高まっていく。

 かつて義父母が元気だったころ、私たちはクリスマスには必ず、子どもたちを連れて、イングランド北部の小さな街に住む義父母の家に行った。イブの夜、街の中央広場で行われた、恒例のクリスマス・キャロルの合唱に皆で参加し、その後、近くの教会の特別礼拝に出席した。合唱は氷点下の戸外で行われるのというのに、いつも500人近くが集まり、体を寄せ合い白い息をはきながら、うたう。互いに心と体のぬくもりを伝え合うせいか、不思議に寒さは感じないのである。

 クリスマス当日の朝、家族が「メリー・クリスマス!」と声高に言い合うなか、子どもたちは目を覚ますなり、いちもくさんにツリーのある部屋に飛んでいき、根元に置かれたたくさんのプレゼントに歓声をあげる。「やっぱり、サンタクロースは来てくれたね!」「今年もいい子だったからね!」。子どもたちの嬉しそうな表情に、大人も幸福な気分になる。

 この日は、だれもが家族のつながりを確認し、愛情を一身に受けとめる特別な日である。「 I love Christmas!(クリスマス大好き!) 」と、イギリス人は皆、言う。多くのイギリス人にとって、クリスマスは子どものときの幸せな体験が原風景になっている。彼らの心と体に染みついたクリスマスへの愛着と執着は、日本人が正月に抱く特別な感情よりも、ずっと強いように見える。

 

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 それはやはり、これが宗教的な祭りだからにほかならない。まだ東京で暮らしていたころ、イギリス人の夫は、クリスマスには決まって、ひとり暮らしの日本人や外国人を大勢、自宅に招いた。クリスマスにひとりでいてはいけない、人がともに生きる喜びを味わう日なのだから、、、。 クリスマスは、広い意味で「家族」である人類全体に、想いを寄せる日。今日のイギリス社会では、教会の権威と人気は失墜し、まじめに教会に通う人は少なくなっているとはいえ、キリスト教の教える「隣人愛」の精神は、いまも人々の意識の底に、しっかりと根を張っている。

 ところで、シャコバサボテンは、クリスマスの時期に花をつけることから、イギリスでは「クリスマス・カクタス(クリスマスのサボテン)」と呼ばれる。いつのころからか、人々はこの花をクリスマスのお祝いとして、家族や親しい人に贈るようになった。

 クリスマス・カクタスはブラジル原産で、もとはといえば、アマゾンのジャングルで木の枝や岩の上に生育する、「着生植物」と呼ばれる花だった。伝説では、アマゾンに住む少年が、神に「クリスマスの贈り物」を頼んだところ、クリスマスの朝、ジャングル一帯の木の枝という枝に、クリスマス・カクタスの真っ赤な花が咲き誇ったという。

 花はヨーロッパに渡って改良され、ツルを彷彿させる姿になった。細長いつぼみが開いてツルに姿を変えると、ツルはほうぼうに羽ばたいていき、人々の心にとまる。その花言葉は、「ひとときの美」、そして「命の喜び」、「愛される喜び」である。クリスマス・カクタスは、クリスマスの時期に人の心にあかりを灯し、人を愛し、愛される喜び、つまり生きることの喜びと幸せを、人から人へと伝える花なのである。

 クリスマスのころ、悩める人が心を開き、人間愛に目覚めることがある。クリスマスには、そんな「泣く子も黙る」ような、人間存在を超えたなにか不思議な力が作用する、と人々は信じている。チャールズ・ディケンズの名作、「クリスマス・キャロル」は、キリスト教社会に浸透している、そのような「クリスマスの魔法の力」を描いた作品である。

 

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(学校でクリスマス劇を披露する子どもたち)
   

 この物語の主人公、スクルージは、ロンドンに事務所を構える初老の商人だが、けちで強欲、人への愛情はいっさい持ち合わせず、雇い人のクラチットに十分な給料も払わない冷徹な人間だった。あるクリスマス・イブの日、甥のフレッドが事務所を訪ね、スクルージを翌日、彼の家のクリスマス・ランチに来るように誘う。フレッドは、叔父に向かって「クリスマスは、だれもが優しく寛容になり、情け深くなるときだ。男も女も、心の扉を大きく開いて、さあ人生をともに歩もう、と言う素敵な日なのだから、いっしょにお祝いしよう」と語る。しかしスクルージは、「何が素敵なものか。クリスマスなんて、ぺてんだ。各種料金の請求書が殺到して支払いがかさみ、またひとつ歳をとるだけのことさ」と取り合わない。

 その夜、スクルージ老人は、「過去」、「現在」、「未来」から来た3人の精霊の訪問を受ける。過去の精霊に、まだ幸せで純真な心を持っていた子ども時代の自分や、かつて恋人だった女性の姿を見せられる。現在の精霊からは、腹黒いいまの自分を見せられ、雇い人のクラチットの息子のティムが病気を患っているのに、スクルージの支払う給料が安いために、父親は薬も買えずにいる様子も知らされる。そして、未来の精霊には、荒れた墓場に、誰からも顧みられずに葬られた将来の自分の姿を示される。
 
 悲惨な自分の行く末に恐れおののいたスクルージは、まだ運命を変える余地があることを知り、改心する。翌日、フレッドのクリスマス・ランチに赴くと同時に、クラチットの給与を見直し、息子のティムへの援助を申し出る。そして、ティムの病気が治ったあとも、父親のように支援を続ける。そして、最後に彼は、高らかに言うのだ。「みんなにメリー・クリスマスと言おう。そして、全世界に向かって、新年おめでとう、と言おう」と。

 クリスマス・カクタスの愛のメッセージは、スクルージの心に届き、人生に対するスクルージの頑なでネガティブな姿勢を、劇的に転換させたのだ。甥のフレッドの家で催されたクリスマス・ランチのテーブルにも、病気のティムの枕もとにも、クリスマス・カクタスの鮮やかな花が咲いていたのではないだろうか。
 
 クリスマスの持つ、「魔法の力」については、アメリカ人の牧師で作家の故ノーマン・ヴィンセント・ピール博士も、こう言っている。「クリスマスの日、地球の上空で魔法のつえがひと振りされる。すると、すべてが優しく、美しくなる」。
 
 魔法のつえのひと振りとともに、何千、何万というクリスマス・カクタスの花びらがひらひらと舞い、人間賛歌のメロディーも流れてくる――。魔法にかけられた世界では、そんな映画のような情景も、実現するのかもしれない。

 

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                                                                            (キリストの誕生)

 

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(クリスマスケーキを作る賢司――2006年当時)